これまで紙ベースでの届出では、印鑑をもらってから何か書き加えたり訂正をしていたりと言った事もありがちでしたが、電子申請ではこれが全く出来ないと言う事になります。
電子印をもらったら最後、内容の変更は許されません。もしも変更があるなら、修正後に再び電子印をもらわなければなりません。これは結構やっかい物です。
紙ベースではあらかじめ用紙に印鑑をもらっておくやり方(盲判)をしていた人も中にはいるかも知れません。
電子印に使う電子認証は、単なるファイルなのでマウスのクリックひとつでコピー出来てしまいます。でも、だからと言って事業主から電子認証のコピーをもらっておく事は出来ないでしょう。紙に陰影をもらうのとは違い、それは実印そのものを預かる事に他なりません。
中には届出専用の印鑑を作ってもらって預かっている人もいるみたいですが、電子認証は紙に例えると印鑑証明付の印鑑に相当するので、届出専用の電子認証を作ってもらって預かる事は、ちょっと無理だと思います。
電子印に使う電子認証は、事業主なら法務省の認証局が発行したものを、被保険者個人であれば市町村が発行したものを使用する事になります。
法務省の認証局の電子認証ですが、これが割に高価(年間約8,000円位?)で、使える場面も少ないので、私達社会保険労務士が事業主に働きかけてもなかなか電子認証を取得してくれません。
個人の電子認証に至っては、安価(年間170円位)であるものの、電子認証は住基カードの中に格納させる方式を取っているため、住基カードが全く普及していない以上は個人の電子認証も普及するきざしは全くありません。住基カードから電子認証を読み取るために、対応カードリーダを買って来てパソコンにつながなければならないので、これがさらに普及の足を引っ張っています。
そんなこんなで、私達社会保険労務士がどれだけ頑張っても、事業主や被保険者が電子認証を持っていない以上は、電子申請をやりたくても不可能です。この様な状態は、きっとこの先十何年は変わらないでしょう。
それではせっかく作ったシステムが無駄になると言う事で、厚生労働省は社会保険労務士の電子印だけで書類を受け取ると言う方針を打ち出しました。紙の世界では何十年頑張っても獲得する事が出来なかった包括委任が、電子申請の世界ではあっけなく手に入る事になってしまったのです。
ただし、包括委任を受けると言う事は、業務の内容が代行からほとんど代理に近いものになってしまう、責任の重いものだと言う事は意識しましょう。全国の社会保険労務士の中に一人でも悪意を持ってこの制度を使ってしまうと、社会保険労務士全体が信用を失う事にもなりかねません。
私達と厚生労働省との間のやり取りは、電子認証によって盗聴・改ざん・なりすまし・否認のリスクを克服する事が出来ます。
でも、電子申請をする前段階として、事業主との間でメールなどでやり取りしているデータは、これらのリスクは大丈夫なんでしょうか?
顔を知っている者同士なので否認などと言う事は起こらないでしょうし、なりすましがあっても「何となくおかしい」と見抜く事も難しくないでしょう。
でも、やりとりされている通信内容は、どこの誰が見ているかわかったもんじゃありません。個人情報の保護が重要になって来ている中、暗号化せずに得喪や給与データをやり取りするのは、さすがにまずいでしょう。
事業主との間で情報をやり取りする場合でも、データの暗号化をしておかないと、せっかく電子申請で色々と手間と金をかけて対策しても、片手落ちになってしまいます。
だったら社会保険労務士認証局からもらった電子認証の鍵を使って暗号化すればいいのではないか、と言う事になります。所が何と、社会保険労務士認証局の規約で、この電子認証は社会保険労務士と厚生労働省との間のやり取り以外には使用禁止と決められているのです。
となると、自分でどこか個人の電子認証を引き受けてくれる認証局を捜して来て、電子認証を受けなければならない事になります。(結構お高いです。安い所で年間1万円位?)
社会保険労務士向けに事業主とのやり取りを中継してくれるサービスがあり、情報漏洩対策はもちろんの事、しっかりとした暗号化もしてくれます。しかし、そう言う業者を利用するにも、やっぱりそれなりに高いです。(相手1件に対し年間1万円位?)
これではいくら社会保険労務士認証局がたったの年額3,000円でリーズナブルだったとしても、あまり意味がありません。
使用しているメーラー(メールソフト)がOutlook Expressならば、暗号化の機能が備わっていて、その暗号化に使用するための認証局も無償で利用出来る様になっています。Outlook Express以外のメーラーでも暗号化機能があるものがいくつかあります。しかし、メーラーはブラウザの様に「みんながこれを使っている」と言うものがありません。実に多種多様なメーラーが使われています。相手が自分と同じメーラーを使っている確証があるなら、送信時に暗号化の所にチェックを入れて送信してしまえばいいのですが、必ずしも自分が使っている暗号化方式が相手でも利用可能とは限らないと言うのが、メールにおける暗号化の実情だったりします。
メールそのものを暗号化出来ないのであれば、暗号化したファイルを添付すればいいのでは、と言う事になります。(添付ファイルを扱うので、手間がかかる上に相手もある程度のパソコンの知識を必要としてしまいます)
もしも相手がある程度のパソコンの知識がある人なら、WordやExcelの読み取りパスワード機能が使えるかも知れません(WordやExcelのパスワード機能を使うと、とても弱いながらも一応暗号化されます)。もっとパソコンに詳しい人なら、zipのパスワード機能も利用出来そうです(この方法でも、とても弱いながらも一応暗号化されます)。(WordやExcelを持っていない人は多分いないでしょうし、zipファイルが扱えないパソコンもあまりないと思います)
他にも、ファイルを暗号化するソフトは色々存在していて、無償で利用出来るものも多いです。(この場合、送受信側共に、同じソフトを所有していなければなりません)
電子申請を考えている皆さんは、事業主との間のやり取りもしっかり暗号化する様に、色々と工夫をしてみて下さい。