■年金講座 年金制度の民営化
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年金は本当に破綻するの?〜若者のための年金講座

6.1. 年金制度の民営化

 国鉄がJRとなり、電電公社がNTTとなり、今度は郵便局が民営化しようとしているのであれば、社会保険事務所も民営にしてしまった方がいいのではないかと言う声を聞く事があります。
 官にはコスト意識がなくて、サービス業としての自覚もないので、民営化した方が色々と改善されて行くだろうと言う事です。

 確かに、社会保険庁や社会保険事務所で行っている事務や窓口業務は、民営化を検討する価値はあるでしょう。効率を追及すると共に、顧客満足度がどんどん上がって行く事が期待出来そうです。少なくとも、業者の言いなりになって高い機械ばかりを買わされたり、労働組合に気兼ねして何も改革出来なかったりと言う現状は、民営化で改まるはずです。

 ただし、民営化で出来るのは、色々な届出を受け付けてデータ入力をしたり、集金したり取り立てたり未加入の人を説得したり、お金を払ったり、と言った部分まででしょう。年金相談を受け付けたり、まして年金の支給を決定したりと言った業務は、民営では難しいと思います。(健康保険の支給は、民営で出来そうな気がする)
 年金の相談に乗るには、相談者の加入記録を引き出す必要があります。その記録は社会保険庁にある巨大なコンピュータに収められているのですが、その加入記録データベースは、言い変えれば「全国民の生涯に渡る給与の記録」と言い換える事が出来ます。その様なプライバシーの固まりの様なデータベースに、民間の人がアクセス出来る様にするのは、いかがなものでしょうか?
 また、年金の支給の審査は、その人のその後の生涯を左右するほどの巨大な権利を扱うものです。加入者としがらみのある民間人がこの事務を扱った場合、不正が入り込む余地があるのではないかと思います。

 社会保険事務所の民営化だけでは済まさずに、厚生年金の方を民間保険にしてしまった方がいいのではないかと言う声を聞く事があります。
 今までの厚生年金は、見通しの甘い展望で行き当たりばったりな再設計を繰り返し、制度が継ぎはぎだらけになってしまった上に、どうにも先行きが暗い。官は危機意識に欠けているので、民営化した方が手堅く確実な運用になって、加入者も安心するのではないだろうかと言う事です。

 しかし、厚生年金の民営化は、かなり難しいのではないかと私は思います。

 法律で加入が義務づけられている「強制保険」の中で、民営のものがあります。自動車賠償責任保険(自賠責保険)がそれです。自動車を持っている人は必ず加入しなければならない保険です。
 保険料と保険給付については国が定めていますが、国営の保険ではありません。色々な民間の保険会社がこの保険を取り扱っています。
 所がこの自賠責保険、給付の上限が3,000万円と決まっているにもかかわらず、その上限の保険金になりそうな事故の時、特に被害者が寝た切りなどの重い障害を負った場合には、保険会社が色々と難癖をつけては保険料を払い渋るケースがとても多く、問題になっているのです。
 民間である以上は、経営を良くしたいが一心で、多額の保険金の時は払い渋りをしてしまおうと言う意識がどうしても働いてしまうのでしょう。

 厚生年金のうち、誰もがもらう事になる老齢年金の場合は、規定に従って入って来た保険料をそのまま保険金として渡していればいいでしょう。所が、障害年金や遺族年金はある日突然、突発的に支給が始まります。しかも支給は一生涯続きます。1回限り3,000万円の自賠責保険金の支払いを渋る民間の保険会社達が、障害年金の様な突発的で長期な給付を、素直に払ってくれるのでしょうか?

 年金に並ぶ政府運営の強制保険である労災保険の方では、民営化論を受けて検討が行われています。こちらの方でもやはり「長期給付は民間には無理なのではないだろうか」と言う事で、まだ話はまとまっていません。

One Point

 年金加入記録を民間が扱うと言う事は、例えば「もしも住基ネットの運用を民間に任せる事になった場合、あなたは安心出来ますか?」と言う事と同じ様なものだと言えるでしょう。公務員もたまには不正をしますが、民間人よりもずっと口が堅いです。

免責

 扱うテーマが「年金」と言う制度と法律に関するものではあるのですが、概念的な部分を取り上げるため、どうしても厳密さや正確さに欠ける傾向にあります。ですから、何かの判断の参考にする場合や手続きを行う時は、必ず別の情報源でも確かめて下さい。このページの記事により損害が発生しても、補償は一切いたしませんので、あらかじめご了承ください。



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