■年金講座 少子化‐産みにくい社会
サイト目次を飛ばして本文へ



年金は本当に破綻するの?〜若者のための年金講座

5.5.2. 少子化‐産みにくい社会

 日本には育児介護休業法と言う法律があって、一部の例外を除いて、労働者が育児休業を取りたいと言えば会社は拒めない事になっています。
 しかし現実には、育児休業を取るのは女性ばかり。男性が育児休業を取る事はほとんどありません。

 当たり前ですよね。

 子育てを理由に長期欠勤しようものなら、会社の業務に支障が出ます。おそらく会社は代わりの人材を手配するでしょう。すると、育児休業が終わって会社に戻ったら、かつての自分の席には別の人が座っている事になります。出世コースから外れるのは確実で、昇給にも影響が出ます。
 一方女性の場合は、労働基準法で出産後一定期間の女性を働かせてるのは厳禁になっています。その法定の産後休業が終わったらそのまま育児休業に突入するケースがほとんどです。その上、女性の仕事は男性の仕事と比べて、特にスキルや技能を必要としないものが多いので、長期休業されたとしても、ちょっと派遣やアルバイトを雇えば穴を埋める事が出来、会社もあまり困りません。育児休業が明けて会社に復帰しても、自分の居場所がなくなっているなんて事もありません。

 政府は男女雇用機会均等法と言う法律を作って、男女の仕事の垣根をなくそうと頑張っています。そのおかげで、今まで男性だけだった職場に女性が進出して来ていますが、それでもまだまだ、ほとんどの会社で仕事の内容の男女差がはっきりしています。

 一方、家庭内での子育てや家事の分担はどうなっているでしょうか?
 たとえ共働きだったとしても、家事をするのは女性です。子育ても女性です。

 当たり前ですよね。

 外での稼ぎが多いのは、夫の方です。男性は女性よりも責任のある仕事をしているので、より多く稼ぎますが、より疲れて帰って来ます。だからなのか、家に帰れば何もしないで寝っ転がっているだけになってしまいます。
 でも、だからと言って、女性も外で仕事をして来たらその分だけ、それ相応に疲れて帰って来るのです。夫の方がより疲れているからと言って、家での仕事が100%妻の分担になると言うのは、やっぱり理不尽でしょう。

夫婦+子の世帯での夫婦の労働時間
(総務省統計局 2001年社会生活基本調査)
 仕事・通勤等家事・育児等合計
片働き世帯8時間07分0時間21分8時間28分
0時間02分7時間20分7時間22分
共働き世帯8時間01分0時間16分8時間17分
5時間46分4時間22分9時間08分

 総務省の統計では、片働き世帯の妻は通勤時間がない分だけ夫より労働時間が少なくなっていますが、実質の労働時間には夫と妻との間にはあまり差がありません。共働きに至っては、妻の方が労働時間が長いと言う結果がはっきりと出ています。(しかも、共働き夫は片働きの夫よりも家事育児参加の時間が短い)
 平均値を現した数字でこの結果になるのですから、乳飲み子を抱えた女性や、外働きがフルタイムに近い女性には、かなりの負担がかかっている事が容易に想像出来ます。彼女らは、余暇時間や睡眠時間を削って、何とかギリギリの対応をしていると言う統計結果もあります。

 現在の女性にとっては、結婚や出産は、リスクとして映っています。
 女性の高学歴化が進み、女性の働く場所は広がっています。それなりに稼ぐ女性も増えています。しかし、結婚して家庭に入った途端に、この様な男尊女卑な環境に置かれてしまい、生活の質が悪くなります。
 さらに子でも持とうものなら、それがもっとひどくなります。昔と違って核家族化しているので、子育てを教えてくれたり家事をサポートしてくれる年長者が家庭にはいません。地域社会も崩壊しているので、何かあった時にご近所さんに頼る事も出来ません。子育てが妻一人の腕に、重圧としてのしかかって来るのです。仕事か子供かの選択を迫られてしまう人も、とても多いです。
 それまで正社員で頑張っていた女性でも、育児のために一旦退職をしてしまうと、次に就職する時にはパートタイムの身分となってしまい、とても安い時給で我慢しなければならなくなってしまいます。そうなってしまうのを避けるために、育児休業制度を活用して出産をし、できるだけ早く職場復帰しようとしても、今度は預ける先が見つからずに、育児と仕事との両立が出来ずに行き詰まってしまいます。
 そこまで苦労して家庭を持ったり子供を持ったりしなければならないのであれば、結婚を避けたり、子を持つ事を避けたりする様になるのも、無理はないでしょう。

 政府も、子供の育てにくさや仕事と育児との両立のしにくさが少子化の一因だと言う事で、色々対策をしているのですが、なかなか成果が現れません。全国の保育所では相変わらず待機児童があふれていますし、産科や小児科の医師は減り続けています。老人に使われている税金が巨額なのに対して、子供に対して使われている税金があまりにも少ないので、焼け石に水状態になってしまっています。
 少子化対策の大きな柱に、男女共同参画社会の推進があります。職場や家庭での男女格差をなくして行けば、この様に産みにくい社会の状況が改まるばかりか、各人の事情や能力に合った多様な生き方が選択出来る社会になれるはずだとして、政府はこの男女共同参画社会を啓蒙しよう頑張っています。しかしこの政府の活動はあまり世間には相手にされていません。既得権を持っている男性諸君の非常に根強い抵抗に遭っていて、この考え方が一向に普及する気配がないのです。

 日本では、どうしてこんな男女格差が当たり前な社会になっているのでしょうか?

 江戸時代の武家社会では、将軍を頂点にした封権制度を支えるツールとして家父長制が採用されていて、男女差別がはっきりしていました。しかし、一般庶民の間ではそこまではっきりした区別はなく、長女が家を継いだり、おかみさんが家を切り盛りする事は、別に珍しい事ではありませんでした。
 文明開化になって鎖国を解くと、日本は諸外国と張り合わなければならなくなりました。全国民で一丸となって富国強兵に向かうためには、明治政府は強力な統治を行わなければなりませんでした。そこで、江戸時代に将軍が武家を統治していたシステムをそのまま流用し、天皇を頂点にして「家」を最小単位にしたピラミッド状の上意下達な統治システムが採用されました。「家」には家父長制を採用し、家長が絶対的権力をもって家庭内を統治する事により、民衆が身近な所から封権制度に慣れる事によって、天皇の意志があまねく隅々にまで行き渡る様にしたのです。
 男子、特に長男は次期家庭内統治者として強くて厳し人にならなければならず、女子は男子の付属品として従順になるために「良妻賢母」にならなければなりません。ここに、今日までつながる日本の男女感が生まれる事になりました。
 戦後になると、女性を物品扱いする家父長制は民主主義に反すると言う事で廃止されました。男性は家庭内での権利や権力は失いましたが、権威だけは残ってしまいました。社会のしくみも、その時にはすっかり男性社会に出来上がってしまっていました。
 資本主義が進み、会社中心社会の性格が濃くなって行く中、男性はどんどん会社べったりの生活になって行きます。いつしか家庭内の事は全て妻に丸投げする様になりました。男性は、家庭では威張り散らす事が出来る上に楽出来るので、これを良しとしました。女性の方は、家事育児を全て自分一人で背負わなければならなくなって苦痛は続きましたが、一方で金稼ぎを全て夫任せにしてしまえるのは楽なので、これを良しとしました。

 制度としての家父長制は廃止されたものの、国民の意識の中には現在に至るまで家父長制が残る事になってしまったのです。
 戦後しばらくはこれでもよかったのですが、日本が豊かになって来て価値観が多様になって来ると、男女感も多様になって来て、家父長制との間に激しい摩擦を産む様になってしまったのです。そしてその社会の歪みが、少子化と言う形になって現れて来ているのではないでしょうか?

 過去に、国の事情で導入される事となった家父長制(と、それに根づいた男尊女卑な意識)を、今になってまた、国の事情で改めなければならなくなったと言う事なのです。

One Point

 女性の発言力が高まった結果として、結婚するしない・子供を作る作らないの決定権を女性が握る様になりました。それなのに、世の中はいつまでもガチガチな男性社会のままなのです。

免責

 扱うテーマが「年金」と言う制度と法律に関するものではあるのですが、概念的な部分を取り上げるため、どうしても厳密さや正確さに欠ける傾向にあります。ですから、何かの判断の参考にする場合や手続きを行う時は、必ず別の情報源でも確かめて下さい。このページの記事により損害が発生しても、補償は一切いたしませんので、あらかじめご了承ください。



吉田社会保険労務士事務所 (c) NYAN@chimaki-tei 2001/2015
お問い合わせ先