昔と比べて今は、離婚は特別な事ではなくなりました。「女性である限りは何事にも堪えなければならない」と言う価値観は過去のものとなり、堪え切れないのなら離婚も仕方ないだろうと、周囲の人達も理解してくれる様になりました。
しかしその一方で、離婚後の生活に不安があるために、離婚に踏み切れない女性が多くいます。特に「自分の年金が心もとないので、離婚出来ない」と、ひたすら我慢している熟年女性が多いです。
まだ若い人であれば、働く事も出来ますし、再婚のチャンスもあるでしょう。しかし、高齢になるとそうは行きません。
ずっと専業主婦だった人などは、自分の財産を全く持っていません。それに加えて年金が雀の涙となると、自分一人では老後の生活設計を立てる事など出来ません。
夫の方も、そんな妻の経済力を見透かして、どうせ離婚なんてしないだろうとタカをくくり、行動をエスカレートさせがちです。そんな夫のわがままや暴力に堪えているうちに、多くの女性が心を病んで医者の世話になり、薬が手放せなくなってしまいます。自ら命を断つ人も多いです。
「年金が少ないので離婚出来ない」と言う声は、第1号被保険者(自分で国民年金を払っている人)よりも、第3号被保険者(厚生年金に入っている夫に扶養されている人)の方から多く挙がっています。
第3号被保険者制度は元々、サラリーマンの妻だった人が離婚すると無年金になってしまうのを救済するために作った制度のはずです。
しかし、その第3号被保険者制度は、創設されてからまだ20年しか経っていません。もちろん制度創設以前には国民年金に任意加入する事も出来たのですが、多くの人が任意加入していませんでした。加入年数が短いために、ずっと第3号被保険者だった人は現在は月額3万円程度の年金しか受け取れないのです。同じ専業主婦でも、第1号被保険者だった人は、最初から強制加入だったので、未納がない限り満額の月額66,000円がもらえます。6万円なら、あと少し足せば何とかなりそうな気がしますが、3万円ではどう生活して行ったらいいのか、皆目見当がつきません。
(もちろん、あと20年経てば、第3号被保険者だけの人でも国民年金が満額になる様になります)
離婚時の裁判では、結婚している間に築いた財産は夫婦共同のものだと言う解釈をよく耳にします。たとえ収入が全くない専業主婦でも、妻が家の事を一手に引き受けていたからこそ夫は会社での仕事に専念出来たのだから、夫が会社から持って来る給料の半分は妻が稼いだものだと言う訳です。
ですから、他の財産と同様に、離婚時の話し合いや裁判で、年金の権利も夫婦で折半すればいい様な気がします。
しかし、年金ではそれが出来ないのです。
年金の受給権は、その人の固有の権利です。権利を人に譲ったり借金の担保にしたりする事が一切出来ないのが、年金の一大特徴なのです。
一方海外では、離婚時に夫婦間で年金を分割する制度が、いくつかの国ですでに存在します。そこで平成16年改革で、日本でも遅ればせながらこの制度を作る事にしました。
第1号被保険者同士の夫婦の場合は、たとえ妻が専業主婦だったとしても(夫が妻の保険料を肩代わりしていても)、夫婦で同額の年金の権利が生じます。
厚生年金+第3号被保険者の夫婦の場合も、たとえ夫が二人分の保険料を負担していても、夫婦同額になる様に年金の権利を分配したって、別におかしな話ではありません。
そこで、夫婦である限りは、互いの年金の権利を融通し合って同額に出来る制度を作る事になりました。
夫 | 妻 | 分割方法 |
---|---|---|
厚生年金 | 第3号被保険者 | 夫の報酬比例部分の半額までを限度に、妻へ移動可能 |
厚生年金 | 厚生年金 | 報酬比例部分が同額になるまでを限度に、多い方から少ない方へ移動可能 |
厚生年金 | 第1号被保険者 | 分割不可(厚生労働省の想定外の組み合わせ) |
第1号被保険者 | 第1号被保険者 | 分割不可(もともと最初から同額) |
注)わかりやすい様に夫と妻の区別をした表にしましたが、夫と妻が逆のケースも、もちろんOKです。
分割は、夫婦である間の各月について、社会保険庁のコンピュータに記録されている保険料納付記録をいじる事によって実現させます。例えば、第3号被保険者だった妻の場合は、夫の払った保険料の半額を、妻自身が自分で厚生年金に加入して保険料を払っていたかの様に、記録を書き換えてしまうのです。
制度設計時は、離婚の予定があるかどうかにかかわらず分割可能な制度にして、離婚時のケースはその制度のサブセットと考えていました。しかし、仲睦まじい夫婦の年金分割については某政党が強固に反対したので(「個人主義を助長し、家族制度が壊れる」と言う理由らしい)、離婚時のみの制度となってしまいました。
離婚時の話し合いで夫婦の年金を足して2で割った金額になるまで任意の比率で分割する制度が2007年度から、離婚時に片方の申出により第3号被保険者だった期間の相手の厚生年金の半額を強制分割する制度が2008年度から始まります。
心当たりのある人は、今のうちに心を入れ替えるなり観念するなりして下さい。
扱うテーマが「年金」と言う制度と法律に関するものではあるのですが、概念的な部分を取り上げるため、どうしても厳密さや正確さに欠ける傾向にあります。ですから、何かの判断の参考にする場合や手続きを行う時は、必ず別の情報源でも確かめて下さい。このページの記事により損害が発生しても、補償は一切いたしませんので、あらかじめご了承ください。