■年金講座 女性と年金
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年金は本当に破綻するの?〜若者のための年金講座

第6章 女性と年金

3号問題

 小鉄さんはサラリーマンで、会社で厚生年金に入っています。その奥さんの玉子さんは専業主婦で、年金は払っていません。「第3号被保険者なので払う必要がない」のです。
 小鉄さんの隣に住む虎雄さんはサラリーマンではあるものの、安月給なために奥さんの三毛子さんも勤めに出ていて、夫婦そろって厚生年金が天引きされています。

 三毛子さんは常々「私は少ない給料から年金を天引きされているのに、遊んで暮らしている玉子さんは、払ってもいないのに将来年金がもらえるのよね。何か変だわ」と思っていました。
 調べてみたら、玉子さんの年金の保険料は、厚生年金に入っている人全員で肩代わりしてあげていると言う事がわかりました。つまり、玉子さんの年金は、夫の小鉄さんが肩代わりしているのはもちろんの事、共働きでがんばる虎雄さんや三毛子さんも肩代わりしてあげていると言う事なのです。
「それってとっても不公平。何か間違っている」三毛子さんは憤慨してしまいました。

 それに対して、玉子さんは言います。「私には収入がないのよ。それなのに保険料を払えって言われても、払えないわ」
 でも、その言い分はいかがなものでしょうか? 自営業の奥さんは無収入の専業主婦でも、自分の年金を払っています。実際には夫に払ってもらっているのですが、夫の職業が違うからと言って、夫に払ってもらえるかどうかが違って来ると言う事はないでしょう。

 そもそもどうして、この様な「払わないのに、もらえる人」がいるのでしょうか?

 第3号被保険者は、昭和61年の大改革の時に生まれました。
 厚生年金は「世帯単位の給付を行う」と言う設計思想を持っています。
 単身者や共働きには、各々1人前ずつの年金を支給する一方で、奥さんを扶養している人には扶養手当(加給年金)をつける事によって2人が暮らせるだけの年金を支給していました。
 しかし、扶養手当は夫の年金の上乗せであって、奥さんの年金ではありません。離婚すると奥さんは無年金となり、暮らせなくなります。

 そこで、扶養手当を廃止して、その分を奥さんの年金として渡す事にしたのでした。
 この時、「奥さんに年金の権利を作るものの、誰が払うのかは今まで通り」と言う事をやったために、第3号被保険者は自分では保険料を払う必要がなく、厚生年金全体で持ってあげると言う仕組みになってしまいました。
 それに、第3号になる人達には「それまでも任意加入で国民年金の保険料を払う道は開かれていたのに、ほとんどの人が払ってくれなかった」と言う実績から「強制加入にしても結局はたくさんの人が払わず仕舞いで、無年金者を大量に作る事になりかねない」と言う恐れもあり、第3号の人は当分は自分で払わなくてもいいと言う事になったのです。

 では、奥さんがいるのといないのとで、どれだけ厚生年金の損得が変わるのでしょうか? 月収が28万円の場合を例に考えてみます。

 ひと月払うと増える年金額損益分岐点
単身者の場合3,171円12年0月
妻帯者の場合4,826円7年11月

 全然違いますね。払う保険料は同額なのに、もらえる年金がまるで違います。

 では、共働き世帯と片働き世帯との差はどうなるでしょうか? 小鉄さん(月収38万)+玉子さん(専業主婦)と、虎雄さん(月収26万)+三毛子さん(月収12万)で比較してみます。

 ひと月払うと増える年金額損益分岐点
共働き虎雄さん3,063円 
三毛子さん2,305円 
合計5,368円9年8月
片働き小鉄さん5,368円9年8月

 全く変わりません。片働きだろうが共働きだろうが、月収の合計が同じなら、払う保険料ももらう年金も全く同じになるのです。

 ですから、共働きの皆さん、あなたは損はしていません、安心して下さい。(でも、第3号制度がなくなれば、その分保険料が安くなるので得します)
 一方、単身の人や離婚した人は、かなり損をしますので、怒って下さい。

 第3号被保険者にまつわる問題は、他にもあります。

 小鉄さんは15年前に一度転職しています。その当時玉子さんは、引き続き第3号被保険者である事には変わりはなかったので、特に何も手続きをしませんでした。
 しかし実は、小鉄さんが前の会社をやめてから新しい会社へ行くまでの数日間だけ、小鉄さんも玉子さんも、自分で国民年金を払わなければならない第1号被保険者になっていたのです。小鉄さんが再び厚生年金に入った時に玉子さんは手続きをしなかったため、今日までずっと第1号の未納扱いになってしまっていたのでした。

 人からそれを教えてもらった玉子さんは、慌てて社会保険事務所に行きましたが「時効が2年なので、それ以前の部分については第3号には切り替えできません」と言われてしまいました。
 玉子さんは、手続きひとつしなかっただけで13年分の権利を失い、年金の年額が26万円も減ってしまったのです。
 玉子さんはまだいい方で、人によっては老齢年金をもらうための「25年以上払ったか?」をクリアできなくなり、一銭ももらえなくなる人もいます。

 玉子さんは「もし月々100円ずつでも払う事になっていたら、請求が来ないのがおかしいと気づいたのに」と思いました。

 この「3号届出漏れ」がボロボロと続出したので、国は平成7年に届出漏れの救済をやりました。しかしその時は周知が充分でなかったためか、今でもまだまだ届出漏れがたくさん残っています。そこで、平成17年4月からは「さかのぼれるのは2年まで」と言う制限を撤廃する事になったので、気になる人はこれを期に自分の加入記録を確認しておくのがいいでしょう。
 また、今後、届出漏れが起こらない様にするために、手続きの方法が平成14年に変更になり、第3号の届出は自分で役所に行くのではなく、会社が行う夫の厚生年金の届出の中に含めてしまう形に改められました。

夫婦間の年金分割

 ごん太さんと花子さんは熟年夫婦です。ごん太さんはサラリーマンとしてきちんと働き通して来ましたが、いかんせん浮気癖があって、花子さんは日々辛い思いをして来ました。
 花子さんは離婚も考えたのですが、外に働きに出る事をごん太さんが許してくれなかったため、自分には何も財産がありません。特に老後は、ごくわずかな国民年金だけでは、やって行く自信が全くありません。
 そこで、花子さんはごん太さんの横暴をひたすら我慢して来ました。ごん太さんも花子さんが離婚を言い出す事はないだろうとタカをくくり、段々図に乗って、あげくの果てに暴力を振るう様になりました。
 花子さんはついに心を病んでしまい、医者のお世話になり、薬の手放せない人となってしまいました。(まだ花子さんは、自殺に追い込まれなかっただけ、マシかも知れません)

「自分の年金が心もとないので、離婚に踏み切れない」そう言う声がかねてからあります。それも、第1号被保険者(自分で国民年金を払っている人)な専業主婦よりも、第3号被保険者(会社で厚生年金に入っている人に扶養されている奥さん)な専業主婦の方が、そう言う気持ちが強い様です。

 夫が第1号なために自分も第1号になっている主婦の人は、国民年金の制度創設の時から強制加入だったため、未納していない限りはきちんと満額の国民年金(月66,000円)がもらえます。
 一方、夫がサラリーマンなために自分が第3号になっている主婦の人は、第3号の制度ができるまでは国民年金は任意加入だったため、ほとんどの人が保険料を払っていませんでした。そのため今年60歳になる人の場合なら年金は月30,000円にしかならないのです。これでは老後の生活が皆目見当つかず、離婚を思いとどまるのも仕方がないでしょう。

 年金の権利は、その人固有の権利であって、譲ったり分けたりする事は出来ず、借金のカタに取る事すら出来ないと言う、堅い堅い原則があります。しかし、平成16年の改革では、その大原則を曲げて、厚生年金を夫婦間で分け合う事が出来る様になりました。

 元々は「保険料を払わずに年金をもらうなんて、第3号制度は不公平だ」と言う声を受けて、厚生労働省内で検討された結果、この改革が行われる事となった様です。

  • なぜ、保険料を払わない事になったか?
       ↓
  • 主婦には所得がないから
       ↓
  • 本当に所得がないのか?
       ↓
  • 主婦は家庭内でたくさん労働して、夫が会社での労働に専念できる様にしている。夫の稼ぎは「夫婦共同で稼ぎ出したもの」と言えるのではないか?
       ↓
  • 夫が払った保険料による厚生年金の権利は、夫婦共同の権利と言えるのではないか?
       ↓
  • 何割かは主婦に権利を渡してもいいのではないか?

「第3号は不公平だ」を検討していたら、なぜか第3号の人に厚生年金の権利を渡す制度が出来上がってしまったわけで、「それでは余計に不公平だ」と言われる様になってしまいました。
 でも、国民年金の第1号同士の夫婦も、厚生年金と第3号の夫婦も、収入がない専業主婦の年金の保険料は、両方とも夫が払っている事には違いはないはずです。だったら、第1号同士の夫婦と同じ様に、厚生年金と第3号の夫婦も年金額が同額になる様にしたって、別に理屈はおかしくないとも言えます。

 まずは平成19年4月から、離婚時に協議して、厚生年金部分の半額まで(の任意の割合)を相手に移す事ができる様になります。
 結婚していた全期間について、夫が払っていた保険料を、半額は妻が払っていたかの様に、納付記録を書き換える形で権利を移します。厚生年金に入った事が全くない人に、厚生年金に入っていたかの様に記録を書き換えてしまうわけです。
 夫婦共働きで、共に厚生年金に入っていた場合でも、両方の保険料を足して2で割った額になるまで、多い方から少ない方へ権利を移す事ができます。

 次いで平成20年4月から、離婚時の協議がまとまらない時でも、妻が申し立てれば国が強制的に夫の厚生年金の権利の半分を妻に移してしまう事ができる様にします。
 こちらは、さすがに相手の言い分もなく強制的にやってしまう事なので「これからそう言う制度が始まりますので、覚悟して下さい」と言う事で、記録をいじるのは平成20年4月から離婚時までで、それ以前の期間については権利を移す様な事はしません。
 また、協議して分割する場合と違って、妻が第3号被保険者の期間についてのみの分割となり、妻が厚生年金に入っていた期間については分割されません。

 一方、離婚するつもりがない仲睦まじい夫婦の場合、「君の労に報いたい」と夫が妻に厚生年金の権利を分割する制度が、離婚時分割の制度とワンセットに考えられていたのですが、議員さん達の猛烈な反対に合い(「個人主義を助長し、家族制度が壊れる」と言う理由らしい)、平成16年改革ではお流れになってしまいました。

 夫婦間の年金分割制度に対しては、男性の中に非常に根強い反発があります。「働かざる者、食うべからず」と言う主張らしいのですが、その様に妻を自分の付属品のつもりで扱うから、心を病む人が沢山生み出されているんだと言う事に、気づくべきです。
 諸外国では、ドイツやイギリスなどで、離婚時の年金分割制度が存在するので、この制度は特に「何か間違っている」とか「特殊なもの」とは言えません。世の男性達は今までの行いを反省して、観念すべきでしょう。

パートの年金

 厚生年金に入っている会社に勤める時、週30時間以上働くのであれば厚生年金に入らなければなりません。数日や数ヶ月などと言った臨時雇いでない限りは、正社員やパート・アルバイトの区別がない事になっています。(臨時雇いかどうかは、1年以上居るつもりかどうかが目安になります)
 現実には、アルバイトには腰掛け的な副業のイメージがあるため、アルバイトを厚生年金に加入させる会社はほとんどありません。しかし、パートの場合は正社員と同じ様にずっと働いてもらうイメージがあるので、週30時間以上ならちゃんと厚生年金に入れてあげる会社が多い様です。
 また、会社が保険料の半額を持たなければならないため、パートのうま味が減らない様にと週28時間とかでパートを雇う会社も非常に多いです。

 この、厚生年金に入れるか入れないかの基準を週20時間にしてしまおうと言う案が平成16年改革の中に盛り込まれ、騒然となり、その結果お流れとなりました。
 今まで保険料を払っていなかった人達に払ってもらう事により、保険料収入大幅UP、「大網をかけて小魚も一網打尽」とか「濡れ手に粟」とか言われていましたが、本当の所はどうなのでしょう?

 保険料を払ってもらうとなると、将来に年金を支給しなければならなくなります。損得は一体どうなのでしょう?
 ここに、共働きのサブさんとハチ子さんがいます。サブさんは会社員で月収28万円、ハチ子さんは時給700円で週21時間、月6万円を稼いでいます。

 ひと月払うと増える年金額損益分岐点
現在サブさん4,826円7年11月
改革後サブさん3,171円 
ハチ子さん1,980円 
合計5,151円9年0月

 ハチ子さんも厚生年金に入る事により、もらえる年金も増えるのですが、その増え方は保険料の増え方よりも少なく、この改革で少しばかり割を食う(国の側の視点では、ちょっと儲かる)事になります。
 年金だけを考えるのなら「少し損する」で済みます。しかし社会保険は厚生年金と健康保険のセット売りなので、実はハチ子さんは(それまでサブさんの保険証が使えたのに)健康保険の保険料も自分で払わなければならなくなります。ハチ子さんの場合は年金の天引は4,074円、健康保険の方は2,460円になり、6万円の給料から6,500円も引かれてしまう事になってしまうのです。

 一方、同じ月収6万円でも単身者の場合は、わずか4,074円の負担でそれまでの国民年金13,300円を払わないで済むばかりか、もらう年金は手厚くなり(損益分岐点は、何とたったの4年2か月)、健康保険も天引きされるとは言え、それまで払っていた国民健康保険がなくなるので、かなりのお得になります。他人から見ると「ちょっとそれは、不公平過ぎるのでは?」と言われてしまうほどの状態です。

 この改革を行うと、健康保険の方はかなりの財政改善が期待できそうですが、厚生年金の方は世間で言われているほどの効果はありません。

 もちろん、財政的な理由も大きいのでしょうが、そもそもこの改革を行おうと思ったきっかけは、厚生省と労働省の合併にあったと思います。
 労働保険と社会保険を統合させようと言う話になった時、それぞれで入らなければならない人達の範囲が違っていて、何もしないままくっつけてしまったのでは、単なるつぎはぎの制度にしかならず、煩雑さは解消されません。
 同じ厚生労働省のやる事なのに、どこから上を賃金生活者とするかの判断が制度によって違っているのも、理屈が合いません。
 そこで、雇用保険が週20時間以上なのだから、厚生年金と健康保険もそれに合わせてしまおうと言う事になったわけです。

 それに加えて、ワークシェアリングの推進と言う国の大方針が加わり、パートの年金改革をする事となったのではないかと思います。

 パートの地位を高めて行き、ゆくゆくは「同一労働、同一賃金」が徹底される、そんな社会にしたい。国にはそんな考えがあります。パートがこれだけ安くこき使われているのは、世界的に見ても日本だけなので、それを何とかしようと言うのです。
「まず企業に『パートはお買い得』と言う意識を改めてもらおう」この改革案には、そんなメッセージが込められている気がしてなりません。

「もしもパートでも当たり前に生活できるなら…」
・体力がないために日に6時間しか働けない人でも、他人よりも2時間分貧乏 なだけで、それなりに生活できたり、・夫婦共に退職する事なくどちらも4時間労働に切り替え、仕事と子育てを両 立させたり、・元気あり余る人はいくつものパートをかけ持ちして、日に12時間も働いて荒 稼ぎしたり、
つまり、各人の能力や事情に応じた多種多様な働き方ができる様になるのです。
 諸外国ではこれが当たり前なのですが、日本では「8時間働ける能力のない人は、自力で生活する資格がありません」になってしまっているのです。

 パートの地位を上げると言う事は、正社員の地位を下げる事になります。(今までは、パートの稼ぎ出したお金(付加価値)を正社員がガメていた、と言う事です)そこで、既得権を侵される事となる正社員な人達から猛烈な反発が起こっています。また、今までパートを便利に安く使っていた企業の反発も強いです。

 しかし、すでに世の中は大量生産な時代ではなくなっているので、労働力が均一な質でなければならない理由はもうなくなっています。
 多様な働き方ができる様になれば、事情に合わせて雇ったり雇われたりする事ができる様になりますし、働こうかどうか迷っていた人達も労働市場に出て来るので、少子化で今後細っていく一方の日本の労働力を底支えしてくれる様にもなります。
 今現在では非現実的でとても無理っぽい話なのですが、社会の常識を変えて行くには非常に長い時間が必要で、国もそう簡単には方針を撤回する事はないでしょう。
 ですから、平成16年改革ではパートの年金改革はお流れになりましたが、この改革は5年後に再び検討する事になっています。長い時間がかかっても、この改革案が立ち消えになる事は決してないのではないかと思います。

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