■年金講座 資本主義と年金
サイト目次を飛ばして本文へ



年金は本当に破綻するの?〜若者のための年金講座

第3章 資本主義と年金

核家族と年金

 産業革命が起きる前は、産業は全て「家内制手工業」でした。極端な事を言うと、国民全員が職人さんであって、事業主なのだと言う世界でした。
 農家にしても、鍛冶屋にしても、各家庭でそれぞれの皆がそれぞれの労働力を持ち寄って働き、日々の食いぶちを稼ぎ出していたのではないかと思います。
 子供は子供なりにこき使われ、老人も老人なりに働いていた事でしょう。
 もともと長生きしない様な環境だったので、働く能力を失うほどの高齢な人は、まれだったと思います。そこまで生きた人については、養う余力があるのなら「知恵袋」として家族や地域の一員としての役割を果たしていた事でしょう。

 しかし、イギリスで産業革命が起こると、社会の姿が一変してしまいます。人々は資本家と労働者に別れます。資本を集中させて工場を作り、大型機械をそろえ、大量の人手を集めて大量生産をします。給料を得た労働者がその大量生産された製品を大量消費し、そうして得られた売上をさらに新たな投資に回す…そうやって経済を勢いよくグルグルと循環させて社会全体の生活を底上げして行こうと言う「資本主義」の時代がやって来たのです。

 資本主義では、効率が何よりも重要視されます。
 せっかく資本を集めて準備した設備を有効に活かすためには、働く人は会社での労働に持てる能力の全てを集中させなければなりません。そんな事から、家中心・地域中心の社会から、会社中心の社会へと変化して行ったのです。
 そして「家族がそれぞれの労働力を持ち寄って」と言う家の姿も変化します。男手は家の事を気にせずに会社での労働に専念、妻は夫が仕事に集中出来る様に家の管理と子育てを一手に引き受ける役割を担います。
 こうして「核家族」と言うシステムが誕生します。核家族は、資本主義を支えるための重要なシステムのひとつなのです。

 そうなると邪魔になるのが、働く能力が劣って来た老人達です。会社の足を引っ張るので現役をリタイアしてもらわなければなりませんが、かと言って家庭の中に入ると今度は労働者の足を引っ張ってしまいます。老人達には、自分の面倒は自分で見てもらわなければならないのです。そこで年金が必要となりました。
 年金も、資本主義を支えるための重要なシステムのひとつなのです。

 日本が産業革命を迎えるのは、欧米に遅れる事100年、文明開化してからの事となります。欧米列強に飲み込まれるのを恐れて、ひたすら富国強兵をスローガンにがんばって来ました。最初の頃は欧米の模倣に努力しましたが、やがてそれもこなれて来て、日本独自の路線を歩める様になって行きます。
 そして昭和16年にその総仕上げとして、「資金と物資の統制」「農工業製品の規格化」「大量生産向人材育成のための教育制度」「情報の東京への一局集中」と言った、大量生産大量消費向きのシステムが整備されました。今の厚生年金も、実はこの時の整備の一環として作られたものなのです。
 その後、日本は戦争に負けてつぶれてしまいましたが、この「16年体制」は戦後になっても引き継がれて効果を発揮し、驚異の復興を果たすための原動力となり、日本は世界一の工業国となって行きました。

年金の歴史

 年金のベースとなった物の考え方は、明治にはすでにありました。
 軍人や公務員にあった「恩給」がそれで、「死んでも、残された家族は面倒みてやる」「片手片足がなくなっても、死ぬまで面倒みてやる」「体がボロボロになっても、引退後も面倒見てやる」「だから、安心して、心おきなく戦って来い」と言う事です。
 後先の自分の生活について心配せずに職務に専念してもらうためのシステムとして、恩給制度が存在していました。(現在の厚生年金に通じる所がありますね。「企業戦士として戦って来い」と)

 現在の年金制度の直接の始まりは、昭和17年です。まさに戦争まっただ中の時に、日本の年金制度は生まれました。
「工場で働く人達の福祉のため」と言うのが、表向きの目的です。しかし、本当の目的は別にありました。
 年金とは、今保険料を納めて、将来保険金をもらう制度です。つまり、政府が預かったお金は、払う時が来るまで自由に出来る…と。戦費が欲しかった政府は、そんな理由で年金制度を始めたのです。

 もしも、日本が戦争に勝っていれば、預かったお金は何倍にも増え、大盤振る舞いで年金支給が出来たはずでした。しかし、日本は戦争に負けてしまい、国は倒産してしまいます。
 制度がスタートして3年だったため、まだもらい始める人は出て来ていませんでした。それをいい事に、戦後しばらくの間は年金の支給に関する規定を事実上凍結してしまいました。
 しかしやがて、年金をもらい始める人が出て来るので、いつまでも約束を反故にしておくのはまずいだろうと言う事となり、昭和29年に制度を全面改正、仕切り直しがされました。それが今の厚生年金のスタートとなります。

 厚生年金は会社で働く人達のための制度だったのですが、「だったら農家のおっちゃんはどうなるんだ?」と言う話になったので、自営業の人達が入るための国民年金の制度がスタートしました。昭和36年の事です。
 このふたつの制度の他に、恩給制度(共済年金)も健在でした。
 計3つの制度で、国民全員が必ずどれかの制度に入っている状態を作る事が出来、厚生省は「国民皆年金だ」と盛んに自慢する様になりました。

 しかし、この3つの制度には関連はなく、単独の制度で加入年数をクリアしないと年金をもらえない事になっていました。そこで、各制度を渡り歩いた人達のために、お互いの制度で連絡を取り合う仕組(通算制度)を作ってみたのですが、どうもしっくり来ない…
 制度を抜本的に作り直そうと言う事となり、昭和61年に国民年金を基礎年金と言う制度に改め、その基礎年金が厚生年金と共済年金の一部を取り込んでしまう事により、あえて連絡を取り合わなくてもバッチリ把握、自動的に通算される様にしました。
 平成9年には、それまで3制度でバラバラにつけられていた年金番号も、統一(基礎年金番号)しました。

 で、現在に至っています。

 年金制度には、大きな節目が、3つあります。

  1. 昭和16年 日本的資本主義制度の整備の一環として、年金制度がスタート
        ↑
       (この間20年)敗戦と復興を経て、物価がまるで変わってしまった
        ↓
  2. 昭和36年 戦争を経て国そのものが変わったので、整備し直した
        ↑
       (この間25年)高度成長を経て、物価がまるで変わってしまった
        ↓
  3. 昭和61年 高度成長を経て歪みが出た金勘定を正すため、整備し直した

 この3つの大転機とは違い、平成16年の改革は、5年に一度の定例の見直しによるもので、言わば「プチ改革」レベルのものとなります。しかし、昭和61年から18年経っているので、そろそろ大改革があってもいいのではないでしょうか?

経済の中での年金

 年金の保険料として、私達の給料の十数%が持って行かれて社会保険庁の金庫に集められているのですから、その額たるやものすごいものになっているはずです。実際の所、これだけの額のお金がひとつの財布に入っていると言うのは、日本の経済では他に例はなく、そう言った観点からも日本の年金制度は日本の経済に大きな影響を与える存在になっているのです。

 実際、どんな感じなのか見てみましょう。

 まず、日本国の金勘定の基礎となる金額〜GDPを確認しておきましょう。
 GDPとは「国内総生産」の略語で、この数字は、私達国民が1年間働いた結果として沸いて出て来たお金(働いた事によって生じた付加価値)を現します。
 で、現在の日本のGDPは、500兆円です。
 …数字がでかすぎて、ピンと来ませんか? ならこの数字を頭数で割ってみましょう。アバウト1億分の1にしてしまうと、500万円ですね。これなら「その位の年収の人も、周囲に何人かいるよなぁ」と思えて来ます。以後「兆円」の文字を「万円」の文字に置き換えると、これらの金の動きが家庭の家計に置き換えて考える事が出来る様になります。

 参考までに、国家予算の数字も挙げておきます。収入が45兆円+新たな借金36兆円、支出が65兆円+借金の返済17兆円です。
 国と自治体の借金が全部で700兆円になっちゃってるってのは、有名な話ですね。

 で、私達が払う年金の保険料は全部で26兆円、国の税金から出ている分も含めると合計で32兆円になります。
 私達の稼いだ500兆円のうち、6%ものお金が「自由に使えないお金」となってしまうので、当然その分消費が少なくなり、景気にマイナスの作用をします。

 一方、こうして集められたお金のうち、29兆円が年金としてお年寄りに配られています。お年寄りにとっては唯一の現金収入であってそのまま生活費です。貯金に回りませんから、この金額は丸のまま消費に使われます。その分、景気にプラスの作用をします。
 もちろん、年金が余ったからと言って貯金したり海外旅行したり、安い年金でもリッチな生活が出来るからと言って海外移住されたりしたら、その分だけ私達が払った保険料が日本の経済の役に立たなくなります。もしそんな老人が身近にいたら、どんどん説教して下さい。

 年金が蓄えている積立金は、194兆円にもなります。そのうち、社会保険庁の持ち分(国民年金と厚生年金の分)は144兆円です(残りは共済組合の持ち分です)。この社会保険庁の持っている144兆円と言うのが、日本一でっかい、まとまったお金なのです。
 もちろん、金庫の中に寝かせておいても、倍のリターンで給付出来ないので、色々と運用して増やそうとしています。
 株などに投資されているのですが、あまりにも持っている金額がでかすぎるので、社会保険庁の一挙手一投足が投資家達を戦々恐々とさせてしまっています。
 安全第一な運用方針なので、リスク分散のために投資先はバラエティ豊か。そんなに儲からない反面そんなに損しない様になっています。
 昨今の株価低迷で6兆円も負けてしまったと盛んに報道されている上に、あまりにも巨額な資金の持ち主が市場に参加する事の是非も問題になっているのですが、かと言って年金の積立金を市場から引き上げてしまうと、その金額がでかすぎるために、日本の株価は一気に暴落してしまうとも言われています。逆に、最近の日本の株安を、年金の資金が底支えしてくれていたとも言えます。
 実際には144兆円のうち32兆円ほどが市場で運用されています。残りの大半が財政投融資に回っていて、国の特殊法人に垂れ流しになっています。(黒焦げになる可能性があって危ないです。皆さん怒って下さい)

※ 使用した数字はH13〜H15のものですが、アバウトです。桁の感覚だけ感じ  て下さい。

免責

 このページは2004年7月〜2005年2月に配信したメルマガを再構成したものです。時間の経過とともに、文中の数字にはズレが生じており、また、制度や世情にも変化が生じている可能性がある事を、あらかじめ御了承下さい。
 扱うテーマが「年金」と言う制度と法律に関するものではあるのですが、概念的な部分を取り上げるため、どうしても厳密さや正確さに欠ける傾向にあります。ですから、何かの判断の参考にする場合や手続きを行う時は、必ず別の情報源でも確かめて下さい。このページの記事により損害が発生しても、補償は一切いたしませんので、あらかじめご了承ください。



吉田社会保険労務士事務所 (c) NYAN@chimaki-tei 2001/2015
お問い合わせ先